2008年04月
2008年04月30日
2008年04月28日
AMEXプラチナカード
先月急遽思い立って、東京ディズニーランドへ行くことになりました。
ウィークデイだったのですが、春休み最後の週ということで、
アンバサダーもミラコスタどころか、
オフィシャルホテルもまったく空きがない状態で、
いちおう試しにAMEXプラチナデスクに頼んでみました。
サンバサダー、ミラコスタはさすがに無理でしたが、
ちゃんとオフィシャルホテルのスイートを手配してくれました。
さすがです。
こういった緊急時の対応も、ゴールドとプラチナではかなり違います。
最も違うのは、やはり電話で対応される女性。
その方たちの品の良さといったら、深窓の令嬢といった感じで、
お話ししているだけで気分が良くなります。
プラチナへ招待していただいて、AMEXさん、ありがとう。
ウィークデイだったのですが、春休み最後の週ということで、
アンバサダーもミラコスタどころか、
オフィシャルホテルもまったく空きがない状態で、
いちおう試しにAMEXプラチナデスクに頼んでみました。
サンバサダー、ミラコスタはさすがに無理でしたが、
ちゃんとオフィシャルホテルのスイートを手配してくれました。
さすがです。
こういった緊急時の対応も、ゴールドとプラチナではかなり違います。
最も違うのは、やはり電話で対応される女性。
その方たちの品の良さといったら、深窓の令嬢といった感じで、
お話ししているだけで気分が良くなります。
プラチナへ招待していただいて、AMEXさん、ありがとう。
2008年04月25日
二つのドルを使い分けるアメリカ
先日、ちょっと古いのですが、
「二つのドルを使い分ける米通貨戦略と米国長期金利低下の謎」という
三菱証券のアナリストのレポートを読みました。
http://www.fsinet.or.jp/~eureka21/2strategy/nazo.pdf#search='米国債%20比率'
これを読むと、米マーケットが低迷しようと、消費が落ち込もうと、アメリカという国は倒産しないのだな。ということがわかります。
米購買力維持のための「リアル・ドル」と米国への資金流入を促進するための「ファイナンシャル・ドル」つまり米国債。巨額の米国債を外国に買ってもらうための「弱いドル」も必要ということ。
米国債を買っているのは、日本、中国、中東、米国がコケて困るのは諸外国という仕組みを作ったアメリカの政策はしたたかで見事。
なんとか日本の国債を外国人に買ってもらう方法はないものでしょうか。
「二つのドルを使い分ける米通貨戦略と米国長期金利低下の謎」という
三菱証券のアナリストのレポートを読みました。
http://www.fsinet.or.jp/~eureka21/2strategy/nazo.pdf#search='米国債%20比率'
これを読むと、米マーケットが低迷しようと、消費が落ち込もうと、アメリカという国は倒産しないのだな。ということがわかります。
米購買力維持のための「リアル・ドル」と米国への資金流入を促進するための「ファイナンシャル・ドル」つまり米国債。巨額の米国債を外国に買ってもらうための「弱いドル」も必要ということ。
米国債を買っているのは、日本、中国、中東、米国がコケて困るのは諸外国という仕組みを作ったアメリカの政策はしたたかで見事。
なんとか日本の国債を外国人に買ってもらう方法はないものでしょうか。
2008年04月24日
2008年04月22日
2008年04月18日
2008年04月15日
2008年04月10日
蝦夷
こんにちは
さて、蝦夷です。
遠くは7世紀頃、北海道から東北南部までを支配していた“蝦夷”が大和に破れます。
その後、江戸時代には、函館に松前藩を置き、もっぱら南部だけを江戸幕府が
直轄領として支配していました。
そして明治に入り、明治政府は、樺太、北方諸島、台湾、朝鮮と同様に
蹂躙に近い形で、支配を広めて行きました。
蝦夷の先住民族との話を始めると複雑になるので、
とりあえず、外国人にまるで偏見のない龍馬の
天性のコミュニケーションを持ってすれば、
先住民はじめ、中国、ロシアなど周辺からの移民を含め、
多民族国家の成立も可能であったかと思います。
(明治政府では無理でしょう)
多くの友人や家族たちの無駄死にを嫌というほど見てきている龍馬は、
あの時代において、国家の主権が国民にある、ということを肌で知っていた
希有な存在の一人であったと思います。
国のビジョン、理念として、龍馬の意思が国民共通意識として伝わっていれば、
たぶん素晴らしい国作りの第一歩が築けたのではないかと考えます。
北海道には、石炭をはじめとする地下資源、木材、海産物、広い土地を活用した
農作物、畜産物、と商売人の龍馬にとっては涎が出る程の可能性を秘めていました。
さて、蝦夷です。
遠くは7世紀頃、北海道から東北南部までを支配していた“蝦夷”が大和に破れます。
その後、江戸時代には、函館に松前藩を置き、もっぱら南部だけを江戸幕府が
直轄領として支配していました。
そして明治に入り、明治政府は、樺太、北方諸島、台湾、朝鮮と同様に
蹂躙に近い形で、支配を広めて行きました。
蝦夷の先住民族との話を始めると複雑になるので、
とりあえず、外国人にまるで偏見のない龍馬の
天性のコミュニケーションを持ってすれば、
先住民はじめ、中国、ロシアなど周辺からの移民を含め、
多民族国家の成立も可能であったかと思います。
(明治政府では無理でしょう)
多くの友人や家族たちの無駄死にを嫌というほど見てきている龍馬は、
あの時代において、国家の主権が国民にある、ということを肌で知っていた
希有な存在の一人であったと思います。
国のビジョン、理念として、龍馬の意思が国民共通意識として伝わっていれば、
たぶん素晴らしい国作りの第一歩が築けたのではないかと考えます。
北海道には、石炭をはじめとする地下資源、木材、海産物、広い土地を活用した
農作物、畜産物、と商売人の龍馬にとっては涎が出る程の可能性を秘めていました。
2008年04月08日
ヒーロー
いつの世にも歴史に求めれられてしまう人物というのがいますね。
あのときも、日本の国は、誰かヒーローを必要として、
綱渡り的とも言える絶妙なしかけで、龍馬を生み出しました。
大政奉還が成った時点で、龍馬の日本における仕事は済んだと思います。
龍馬自身も、明治政府に名を連ねる気などさらさらなかったですし。
でも、なにも葬り去ることはなかったのに...
日本のことをやり終えた後、龍馬がやりたかったことは「世界の海援隊」
世界との貿易、世界への船出でした。
海援隊を受け継いだのは、三菱の岩崎弥太郎でしたし、巨大な海運王国を築きました。
しかし、そのビジョンはちょっと違ったような気がします。
もし明治政府樹立後も龍馬が生きていたなら、政治家にはなっていないにしても、
日本帝国へと変貌させる事はなかったでしょう。
当時の政治家は、江戸時代、戦国時代、と変わらない思考回路だったということでしょう。
そんな政府も、経済界も、軍も、すべてを説き聞かせることができるのは、
龍馬だけだったでしょう。
龍馬の子どものような探究心と知識欲、人種を問わない人好き、
誰をも魅了する天性のコミュニケーション能力と、龍馬を慕う多くの人材、
特に、海援隊の中にあって、龍馬以外唯一、天才的国際感覚のあった
睦奥宗光などと共に、政治を超えた大きな求心力で国民を引っ張り、
国際社会で重要な位置に日本の国を導いていったであろうと思います。
当時、日本で1、2を競う剣豪でありながら、生涯、人を切ったことのない龍馬は、
武力に頼る事なく、アジアの盟主として尊敬される国を作っていたのではないかと思います。
あのときも、日本の国は、誰かヒーローを必要として、
綱渡り的とも言える絶妙なしかけで、龍馬を生み出しました。
大政奉還が成った時点で、龍馬の日本における仕事は済んだと思います。
龍馬自身も、明治政府に名を連ねる気などさらさらなかったですし。
でも、なにも葬り去ることはなかったのに...
日本のことをやり終えた後、龍馬がやりたかったことは「世界の海援隊」
世界との貿易、世界への船出でした。
海援隊を受け継いだのは、三菱の岩崎弥太郎でしたし、巨大な海運王国を築きました。
しかし、そのビジョンはちょっと違ったような気がします。
もし明治政府樹立後も龍馬が生きていたなら、政治家にはなっていないにしても、
日本帝国へと変貌させる事はなかったでしょう。
当時の政治家は、江戸時代、戦国時代、と変わらない思考回路だったということでしょう。
そんな政府も、経済界も、軍も、すべてを説き聞かせることができるのは、
龍馬だけだったでしょう。
龍馬の子どものような探究心と知識欲、人種を問わない人好き、
誰をも魅了する天性のコミュニケーション能力と、龍馬を慕う多くの人材、
特に、海援隊の中にあって、龍馬以外唯一、天才的国際感覚のあった
睦奥宗光などと共に、政治を超えた大きな求心力で国民を引っ張り、
国際社会で重要な位置に日本の国を導いていったであろうと思います。
当時、日本で1、2を競う剣豪でありながら、生涯、人を切ったことのない龍馬は、
武力に頼る事なく、アジアの盟主として尊敬される国を作っていたのではないかと思います。

