2008年03月
2008年03月31日
龍馬と北海道1
坂本龍馬が好きだという方はけっこういらっしゃるようです。
じつは龍馬は、北海道を目指していた記録があります。
勝海舟の海軍塾の塾頭になった頃、
各地で若い命が無駄に散っていくのを惜しみ、
「いまは日本人同士が争っている場合じゃない、
京で浪士たち若者を集め、蝦夷地へ赴き、
ここを開拓しながら、蝦夷地の資源をもとに貿易をしたい。
そのために幕府の船を貸してもらえないか」
と勝海舟に談判し、ついに黒龍丸という蒸気船を手に入れました。
しかし、蝦夷地を目指し、神戸港を出発し、品川についた頃
池田屋事件が起こり、その反乱軍の中に勝塾塾生がいたため、
勝海舟に迷惑がかかることを配慮し、蝦夷地行きを断念。
その後3度にわたり、蝦夷地を目指しつつも果たせませんでした。
日本の国が必要としていたのでしょうか。
蝦夷地について龍馬は、
「新国を開き候ハ積年の思ひ 一世の思い出」
とまで手紙にしたため、
北海道を拠点に、船による大がかりな貿易の夢を描いていました。
あの時代、そんなことを考えていた男が他にいたでしょうか。
僕の大好きな人物の一人です。
じつは龍馬は、北海道を目指していた記録があります。
勝海舟の海軍塾の塾頭になった頃、
各地で若い命が無駄に散っていくのを惜しみ、
「いまは日本人同士が争っている場合じゃない、
京で浪士たち若者を集め、蝦夷地へ赴き、
ここを開拓しながら、蝦夷地の資源をもとに貿易をしたい。
そのために幕府の船を貸してもらえないか」
と勝海舟に談判し、ついに黒龍丸という蒸気船を手に入れました。
しかし、蝦夷地を目指し、神戸港を出発し、品川についた頃
池田屋事件が起こり、その反乱軍の中に勝塾塾生がいたため、
勝海舟に迷惑がかかることを配慮し、蝦夷地行きを断念。
その後3度にわたり、蝦夷地を目指しつつも果たせませんでした。
日本の国が必要としていたのでしょうか。
蝦夷地について龍馬は、
「新国を開き候ハ積年の思ひ 一世の思い出」
とまで手紙にしたため、
北海道を拠点に、船による大がかりな貿易の夢を描いていました。
あの時代、そんなことを考えていた男が他にいたでしょうか。
僕の大好きな人物の一人です。
